形なき愛を血と称して
「そろそろ、“終わってもいいだろう”ねぇ。カウヘンヘルム家は、僕の代で終わるから」
薄く笑う唇は、自虐の口。
「トトちゃん、何を願ったの?僕の命を売ってまで」
首を横に振るトト。もちろん、彼女にその意図はないと分かっている。単なる、意地悪でしかなかった。
ーーだから。
「リヒルトさんを、傷つけたくなくて」
思いも寄らなかった。
「リヒルトさんと、離れたかった……!」
言葉一つで、心臓が止まることになるなんて。
意味を捉えかねる。いや、理解したくない。
「はなれ……?何を、そんな、そんなわけ」
訂正を求める声も、悪魔の哄笑にかき消される。
蜘蛛の足がきつく絡みついたか、トトが小さなうめき声をあげた。
「叶える!叶える!叶えるぅ!はなれ、近づかない、一生っ、死んでもっ、つれていく、連れて行く、カウヘンヘルム連れて行く、あっち側に!」
それは、オロバスにとっての悲願。
カウヘンヘルムの命を奪えばーーもう二度と、トトがリヒルトに会うこともない。
「なっ、そんなこっ、ひうっ」
リヒルトが死ぬことをトトが願っているわけもなく、阻止しようとするが、身動きが取れず、締め上げられる。
肺が潰されるような苦痛の中、トトはせめてもとリヒルトに言う。
「にげっ、りひる……は、やく」
途切れ途切れであろうとも、現状と組み合わせれば、解読出来ないものはいない。リヒルトの耳にも入ったが、彼の足はかかしとなっている。
「な……!」
動かない足。逃げることも、立ち向かうこともせず、ただただ、その場にいるだけの人は風景と同化するように無機質に見えた。
物に成り下がる。
息すらもしているのか分からないそれに、ハイエナの足(爪)が襲いかかった。
「ち、血!もっと、もっと!」
一撃目は脇腹を掠めたもの。二撃目、三撃目と来るが、宙を掻くのみ。薬による視覚のぶれと、今なお腐る四肢のせいでバランスが保てない事象が重なってこその軽傷だが、それも“運が良い”程度の話でしかない。
肌色の巨手がリヒルトを潰そうとする。ーー外れて地面を抉った。
「りひっ、リヒルトさん!」
緑の鎌がリヒルトを両断しようとする。ーー掠れ、肩口に傷をつけた。
「リヒルトさんっ!」
その度に上がる悲鳴。
それでも、リヒルトはその場から動かず、俯いていた。