形なき愛を血と称して



「“溢れ出る”んだよ」



言葉、通りであった。

ラズ(器)から溢れ出した物は、液体ではなく固体。

血液色をした物は、ずるりと外界に姿を現す。

風船のように膨張し、はちきれんばかりの丸となったその巨体には口があった。

口しか、なかった。

「召喚師のメリットはデメリットともなる」

息を荒げる口だけの化け物は、オロバスを圧倒する。重なった影に、オロバスはあからさまに怯んでみせた。

「強者を呼べる。それが召喚師としてのスキルであるが、狐が獅子を呼んだ末路など想像に難くない。誰もが想像出来る。だからこそ、好き好んで獅子を呼ぶ奴はいない」

カウヘンヘルムがどれほどの力を持って、異界より強者を呼ぼうとも従わせること叶わず、命を落とした者は多い。

多いが、それでも“最低限の数”。極端な強者を呼ぶ奴は無謀であると貶されるほどだ。無謀をする者は少ない。存外に、人間は臆病であり、それ故生き長らえるにおいて賢い。

「けれども、僕にとっては“些末なこと”だった。僕の命なんて大切に思えない。無謀に身を投じることもーーいや、投げやりなことをしてみせた」

崖から飛び降りたはずなのに、生きていた。とも言えよう奇跡。望んでなくともなってしまったことには違いない。

「ともかく、強い者を呼び出した。僕の力が呼べる範囲の物を。そうして、出て来たのがデウムスという悪魔でね。大陸を丸ごと食らいつく悪魔だが、僕は殺されることなく、デウムスと契約した。父の遺体と引き換えに、デウムスの胃袋を一つ貰ったんだ」

人間の死体は食べたことがない。
そう言うデウムスの願いを叶えれば、対価として胃袋を一つ授かった。

大陸を食べ尽くす大食らい。胃袋は数え切れないほどあるらしく、その中の一つ程度、デウムスには些細な授け物だったのだろうが。

「悪魔の胃袋は、それ単体でも生きていた。萎むさまを見ていても良かったが、使えると思ってね。口を授けた」

ナイフで切り口を入れただけの、歯も唇もない粗末な口が大きく開く。

「後は、餌を与えていくだけだ」

胃袋に口がついた化け物は、餌を丸呑みにする。

覆い被さるようにオロバスの体を包み込み、口を閉じるだけで“食事”は終わる。


「ラズ、よく味わえ。ゆっくりと消化しろ」

胃袋の内側より、無数の手形が浮き出るが、包み込む赤い膜が破れることはない。


閉じた口も開かず、胃袋はじっとーーしかしながら、満足げに口元を綻ばすのだった。

「ーーさて」

リヒルトもまた、口を三日月に伸ばす。

「邪魔は、いなくなった」

胃袋の真横。飲み込まれなかったトトのもとに近づき、へたり込む体に手を伸ばす。


「あ……ぃや」

数多の恐怖を味わったトト。
それでも、やはり恐ろしかったのはーー



「さあ、教え込もうか。君は、僕から離れられないことをねぇ」


ただただ、こちらを見続ける彼だった。














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