形なき愛を血と称して
(三)
悲鳴から嗚咽。
腕を、体を、無理に引かれての拒絶が、どうにもならないとした諦めとなる。
引きずられるようにしてトトがやってきたのは、バスルームだった。
バスルームへ来た目的は明白。立つ暇も与えられず、床に投げ出された身は冷水を浴びせられた。
「ごめんなさい、ごめんなさーー」
謝り続ける口が、貪られる。
口付けという言葉が生易しい、食べるに近しい行為はトトの謝罪ごと唾液を呑み込むようだった。
流れ続けるシャワーは水のまま。
末梢から一気に冷えていく感覚から逃げたい気持ちに駆られるだろうが、それよりも。
「リヒルトさん、体……冷たく」
トトが思うのは、リヒルトの体。
見るからに不健康。青白さは顔だけでなく、体にも出ているようで、色を裏切らない体温をしている。
そうして、先ほどオロバスから受けた脇腹と肩口の傷からは水の流動に触発された血が出ている。
「リヒルトさん、リヒルトさん……」
やだ、このままじゃ。言葉をかけ、立っているリヒルトの足に縋るようにしがみつくトト。
「……、傷がなくなれば、君は離れていく」
閉じていた口が開き、発せられたのはそんな言葉。
「今、見ていて気付いたよ。君は優しい。傷がある僕を、そんなにも心配して」
“ハハッ”と、笑ってもみせる。
「傷ついたままの僕なら、離れていかない。こうやって、すがりついたまま、僕のもとにいてくれる……!」
トトに覆い被さる体。背中を叩かれたが、か弱い程度の力。『早く手当てを』と訴えられているようだった。
「ほら、トトちゃん。飲むんだ。僕の血を。君の中を、僕で満たしたい。それこそが、僕の愛なのだから。命を削ってでも、君に全てをあげたい。さあ、さあ!」
震えるトトの肩を掴み強要する眼差しは血走っていた。必死の形相。対するトトは、首を横に振り、固く口を閉じている。
「どうしてだ!飲みたいだろう!?君は吸血鬼なんだ!人間の血が欲しくてーー僕の血が欲しくてたまらないはずだ!」
己の脇腹にーー傷に指を入れ、血まみれとなったそれをトトの口にねじ込んだ。
柔らかな上唇と下唇の間に入った指は、歯の壁に阻まれるが、奥歯まで撫でれば苦しげにせき込まれた。
阻む物に隙間が開く。
「ふっ、ううっ」
リヒルトの指を噛みきることが出来ない以上、後は成されるがまま。リヒルトの腕に拒否の手が添えられたが、指は喉元にまで滑り込んできた。
「げほっ、かはっ」
上体が動くほどの大きな咳き込みをしても、リヒルトからの“食事”は与え続けられる。
「や、だ、もぅーーっ、はっ!」
身じろぎする体を押さえつけるように馬乗りにされる。重くのしかかる体は押しのけられず、リヒルトの強要に身を委ねるしかなかった。