形なき愛を血と称して
終章
ーー
「いやあああぁ!」
野太い悲鳴が木霊する午後三時。
いやぁよりも、いぎゃあに近い悲鳴の原因はリヒルトにあった。
「ちょっと、リッヒー!あたしのラズに何しているのぅ!」
「ノックもせず、蝶番軋ませて入ってこないでほしいねぇ。あと、これは僕の所有物だから」
フローリデの豪腕にも耐えた扉を確認し、リヒルトはまた作業に移るが、脇でぎゃーぎゃー騒ぐ物が鬱陶しく、彼は説明を入れた。
「この前、ラズの“皮”が破けてねぇ。また新しいのを調達したから、本体(中身)を入れて縫っているところ」
「だからって、お腹を針で縫う!?見たことあるわ、これ!赤ずきんちゃんよ!お腹に石詰めて、井戸に落とされた狼並みに悲惨だわ!」
「自称魔法使いなら、こういった光景も目にしたことあるだろう?」
「愛と美の魔法使いは、そんなことノーサンキューなのよ!ああ、ラズ!大丈夫なの?麻酔とかしたの?痛いなら鳴きなさい、あたしがこの腐ったレモンから、あなたを奪ってみせるわ!」
今にもハンカチ噛み締めて泣くような素振りをするフローリデも、リヒルトがやっていることが“治療”であるとは分かっているらしく、邪魔はして来ない。
リヒルトがラズと名付けたものは、胃袋の悪魔。本来ならば、“体内にあるべき物”であり、見た目と大きさから、見るに堪えないと、皮を被せた。キング・シェパードにしたのは、単に牧羊犬が必要だっために過ぎない。
「またキング・シェパードのラズになるのね。ーーというか!あんたまさか、“調達”とか言って、罪なきワンちゃんを!」
「知り合いから貰った。増えすぎたとかで、殺処分済みのをだ」
縫い終わったらしく、糸を切るリヒルト。言葉をかければ、犬の目がぱちくりと開く。
「ラズううぅ!」
「せっかく詰めた中身が出るような抱き方をしないでほしいねぇ」
感激の抱擁もそこそこに、フローリデから解放されたラズは、リヒルトの足元にすり寄った。
「ワン!」
「餌を与えたんだ。また働きなさい」
「ワンワン!」
「いつも不思議なんだけど、なーんでラズは、腐ったレモンになつくのかしら?あたしだったら、もっと愛情を与えるのに!」
「さあ。刷り込みでもあるんじゃないか?胃袋から切り離されてから、産まれたようなものだから、初めて見た僕を親だとでも思っているか。あるいは単に、餌をくれるから従っているだけかもしれないしねぇ」
「こーんなのが親なんて、グレちゃうわよねー。リッヒーには愛がないのよ。ラズ、本気であたしの所に来ない?可愛がりまくるわよ」
フローリデの誘いには、リヒルトの足元から動かないことで返事とする。
がっくりとあからさまに肩を落とすフローリデだが、すぐに閃いたかのように顔を上げた。