Special to me
『あ、時計?』

真子ちゃんはどうやら思い出したようだ。

俺が入社1年目。
間もなく2年目になるという19歳の2月。

中央南駅でワンマンに立っていた。

すると、しょんぼりした制服姿の女の子がワンマンの前に来た。

―『駅員さん、お願いです、時計を貸していただけませんか?』―

俺は、

―「どうしたの?」―

と聞く。すると、

―『今日これから受験なのに、腕時計を忘れてしまったのです。受験会場に時計がないので、テストの時間配分が分からなくなっちゃう』―

と泣きだした。

俺はしばらく考えて、

―「これ、使いな?」―

俺がしていた腕時計を貸した。

駅員にとって時計は必要不可欠。

しかし俺は一日なくても何とかなる。
でも彼女はきっと、人生がかかっている大きな受験だ。

俺が貸さなかったら、もしかしたら落ちちゃうかもしれないし。

―『本当?』―

顔を上げた涙目の彼女。

俺はその表情に、釘付けになった。

―「その代わり、必ず受かるんだよ」―
―『はい!ありがとうございます!』―

名前を名乗り、俺も名乗った。

彼女の最後の笑顔を、俺は今も忘れない。

もちろん、名前だって。

しかし、どうやら彼女は忘れてしまっていたようだ。
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