ウェディングドレスと6月の雨
「送る。その格好で出勤するわけにはいかないだろ?」
「はい」


 時計を見れば朝の5時。軽く身支度を整えて穂積さんの車に乗った。早朝の道はガラガラ。すいすいとビルの谷間を縫うように走る、立て続けに青信号を抜けていく。次の交差点の青い光にため息をついた。渋滞になって始業時刻に間に合わないのは困るけれど、もう乗ることもない穂積さんの車にもう少し乗っていたいと思うのは我が儘だろうか。穂積さんに気づかれないように穂積さんの横顔を盗み見る。少し癖のある髪、焼けた頬、大きな瞳、何かを見据えるようなまっすぐな視線……。

 時間は残酷。20分程でアパートに着いてしまった。シートベルトをはずしてドアに手を掛ける。私は辛くて、もう、穂積さんの顔を見れなかった。見納めなのに、もう、見れなかった。手元の鞄の持ち手をぎゅっと握る。


「……ありがとうございました」
「いや。また会社で」
「はい」


 会社で……その言葉に胸がチクリとした。もうプライベートでは会わないって言われたのと同じだから。


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