ウェディングドレスと6月の雨
 穂積さんの部屋を出て、エレベーターで階下に降りる。エントランスから外を見るともう空は暗くて、雨も上がっていた。駐車場に社用車は停まっていたけれど穂積さんの姿が見えない。ゆっくりと社用車に近付くと、穂積さんが運転席のシートを倒して横になってるのが見えた。両手を頭の下に置き、目を閉じている。広い胸板がゆっくりと上下するのがスーツの上からでも見て取れた。寝息が聞こえてきそうな……。

 私はコンコンと窓を叩いて穂積さんを起こす。むっくりと起きあがった彼は眉をひそめてガラス越しに私を睨んだ。寝起きだから尚のこと機嫌が悪そうだ。


「……起こしてすみません」
「送る。家はどこ」
「遠いので駅までで」


 そう答えると穂積さんは顎で助手席をしゃくる。私はボンネット側から回って助手席に乗り込んだ。ドアが閉まるとすぐに穂積さんはエンジンをかけた。そして駐車場を出る。

 通勤時間の混雑にはまったのか、車はなかなか進まない。赤信号。穂積さんは黙ってハンドルを握っているけれど、無愛想で。


「こんな素敵なワンピース、お借りしてすみません。クリーニングして来週の会議の時にお返しします」
「いらない。やる」
「えっ?」


 目の前の信号が青に変わり、穂積さんはアクセルを踏んだ。


「こんな高価な物いただけません」
「じゃあ、捨てて」


 穂積さんはそう言ったきり、黙っていた。

 しばらくして駅に着く。駅前のロータリー、降りてお礼を言ったけれど、雑踏に紛れて聞こえなかったのか穂積さんは返事もしなかった。ドアが閉まるとすぐに車を発進させた。

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