ウェディングドレスと6月の雨


「神辺さんとは別れた」
「聞きました、前にも」
「そのときは未練っていうか、まだアイツのことが好きだった。あんなに惚れたのは初めてだったし。別れたときは忘れる自信なんてなかったんだ。でも……」


 ずっと海を見ていた穂積さんは突然、私を見た。


「アンタに出会って、変わったんだ」
「あの、それは神辺さんが出産して母親になって、っておっしゃってましたよね」
「ああ。でもそれだけじゃない。そう気付いたんだ」
「あのっ」
「アンタのお陰だ」


 穂積さんが私を見下ろす。そっと優しく、そして、私の何かを射抜くように強く。わたしの心臓は破裂しそうなほどに鼓動し、周りの音も景色も脳には届かなくなる。見つめられて目を逸らしたいのに反らすことも許されず、逃げてしまいたいのに足が動かない。

 駄目……。これ以上、見つめられたら、何か言われたら、私は分解してしまいそうで。

 見つめていた穂積さんの唇が動いた。


「……好きだ」
「あ、の……」
「好きだ」
「す……」


 耳が熱くなる。顔が熱くなる。全身が心臓になったみたいにトクトクと脈を打つ。なんにも返事が出来ない。動けない。


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