ウェディングドレスと6月の雨

 生憎の雨。レインブーツを履いて大振りの赤い傘を広げる。アパートの軒先を一歩出ると路面を跳ねた雨粒が素足を擽る。でも嫌いじゃない。だって、あの日、雨が降らなかったら穂積さんと近付くこともなかったかもしれない。このワンピースを着ることもなかった。このワンピースを返しても私は忘れない。穂積さんを好きになったことは大切な思い出だから。

 マンションに着く。呼び鈴を鳴らす。留守だったら郵便受けに押し込んで帰ろうと思っていたら、穂積さんが出てきた。


「何だ?」


 相変わらずぶっきらぼうだった。私は手にしていた紙袋を穂積さんに差し出した。見覚えのあるそれに穂積さんは軽く息を吐いた。


「ワンピースです」
「……拾ったのか」


 髪をかき上げて、穂積さんは俯いた。もう手元に戻って来ないと踏んでいたんだろう。


「忘れる必要なんてないと思います。忘れようとして忘れらるなら、もうとっくに忘れてるでしょう?……。本当に忘れられるまで、持ってた方がいいと思って。大切な思い出の品だから」
「……アンタには関係ないだろ」


 そう言われてカチンと来た。


「関係あります。だって心配でなんだもの。自分のことを責めてる気がして。穂積さんが彼女を忘れらるまで、そばにいます」


 穂積さんがクスクスと笑った。


「アンタ、物好きだな。忘れるまでそばにいるって」


 そう言われてハッとした。急に心拍数が上がる。私……。


「同情か?」
「ち、違います」
「じゃあ、告白?」


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