6月の恋人
「あぁ…もう走れないよ~」

中学での最後の試合を前に、顧問の大田は僕達三年生全員に基本中の基本、グランド10周という愛のムチを振り下ろしていた―。


ヘトヘトにだらしなく走る僕の横で、僕が見ても羨ましくなる程の笑顔で玲は言った。

「こうやって走るっていうのも中学じゃ最後なんだから頑張れよ。」

軽快に走る玲は走る先を見つめながら、笑った。

「う゛~、そうだけどさぁ~。」

変わる事は何もないと、信じて止まなかった。
こんな平凡な時間もたくさんある時間の一瞬だと思ってたんだ。



「ねぇねぇ、葉瑠くん!」

クラスの女の子3人が僕の机を囲んだ。
「ん?何?」

実は、何を聞かれるのか大体は想像できていた。多分、玲の事。

「あ、あのね…玲君の事なんだけど葉瑠くんが一番仲がいいから聞きだい事があって…」

ほらね、やっぱり。僕はモテはしなかったが、だからと言ってモテたいとも思ってなかったし、むしろ玲がモテる事が少し誇らしかった。

「玲の事?」

「うん…。この前二組のアスカちゃんが告白したみたいなんだけど…なんか好きな人がいるって言われたみたいなの。」


僕は呆然とした。
あんなに長い時間を一緒に過ごしていたのに玲に好きな人がいることも、アスカちゃんに告白された事も知らなかったからだ。気付かなかった僕がいけないのか…。僕は最近の玲の様子をスライドショーのように頭で巡らせていた。


「…、だからね!葉瑠くん…?聞いてる?」

聞いてるヒマなんてなかった。もつれているヒモをゆっくり解く様に少しの記憶も逃さないように、僕は玲の笑顔ばかり浮かべていた。

―僕は玲の何を見ていたのだろう…?



数日経っても答えは出なかった。
それどころか、まわりの女の子達の様に玲が一体誰に恋しているのかという事だけ気になった…。


「…葉瑠!」バシッ

はっ!と我にかえるとバスケットボールが顔面に直撃した。
「いったぁ!」

ボールをモロにうけたその顔は真っ赤に腫れ、おまけに鼻血まで出していた。

「葉瑠!これで冷やして!鼻血はこれで拭いて!」

甲斐甲斐しく介抱してくれる玲を見ながら、あまりにくだらない事を考えてる僕が可笑しくなった。
「…ぷ、プククク」
肩を揺らして笑う僕をみて玲も笑った。
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