深夜残業の攻略本
「あー、戸田さんがやってるエロゲーの口絵の色校ですね。急ぎだって」
「は? 急ぎ? 何か指示入ってる?」
「肌の色のトーンチェンジと、ちんこにモザイクかけたらなんか小さく見えるから、もっと大きくなるように修正してって指示入ってます」
「は!」
なにそのどうでもいい指示は。
時計の針は23時半を回りフロアで仕事しているのはあたしひとりのこの状況で、肩こりも眼精疲労もマックスのこのコンディションで、ちんこの修正なんてばかばかしい仕事、絶対したくない。
「ごめん高橋、やってくれる?」
「いやです」
「なんでよ」
新人のクセに先輩の頼みを表情筋ひとつ動かさずに断るんじゃねーよ。
「だってこれレイアウト、クォークで組んでるんですよね。俺インデザイン世代だからクォーク無理です」
「ちょっと、目の前でいきなり世代の線を引かないでくれる? なんかあたしが古株みたいじゃない」
「戸田さん、自分の事を古株じゃないと思ってるんですか?」
溶岩色のセルフレームの向こうから、高橋の切れ長の一重が冷たい視線をこちらによこす。
「なにその言い方。妙齢の女性相手に失礼でしょ。もっと先輩を敬ってよ」
「敬ってますよ」
「その態度のどこが敬ってるつもりなのさ」
「これ以上敬うと、古株の先輩が胡坐をかいて働かなくなりそうなので」
そんな事をこの目の前の憎らしい年下の男は、無表情のままさらっと言う。
くそう、まだ入社して一年もたたないくせに、口先ばっかり成長しやがって。