おにぎり屋本舗 うらら
男性客はよっこらせと、重い腰を上げる。
背広のジャケットを小脇に抱え、
「また来るな」と出口に向かった。
その背中を梢が引き止める。
「ちょいとお待ち。これ持って行きなさい」
客に渡した物は、持ち帰り用の包みに入ったおにぎり一個だった。
「小腹が空いた時に食べなさい。
気合いを入れて握ったおにぎりだから、これを食べればあんたも気合いが入るさ」
「母さん…」
その優しさに、男性客は思わず涙ぐむ。
梢は豪快に笑いながら、客の背中をバシンと叩いた。
「いってらっしゃい」と梢に見送られ、
彼は来た時より背筋を伸ばして、職場に戻って行った。
男性客と入れ違いに、うららが帰って来た。
いつものように、近くの交番におにぎりを届けて来たのだ。
「ばあちゃん、ただいま!
外ね、暑いよ。夏だねー」
6月末、北の街も夏の気配が漂っている。
今日は最高気温25度を越える暑さだった。