幸せの花が咲く町で




「うわぁ~!
小太郎の事、忘れてた~!」

なっちゃんは、すやすやと眠る小太郎の傍で、がっくりと膝を着いた。



僕達がどうにか落ち着いてから、なっちゃんがとにかくうちに行こうと言い出して、僕は半ば強制的になっちゃんの家に連れて行かれた。
なっちゃんが結婚した当初は何度か行ったことはあったけど、最近はかなり長い間行ってなかった場所だ。
なっちゃんは、小太郎のことをすっかり忘れ、鍵もかけ忘れたまま、僕の所へ駆けつけてくれたようだった。



「あれ?義兄さんは?」

「うん……まぁいろいろあってね。
とにかく少し寝よう。
話はそれから。
良い?ここから絶対出て行っちゃだめだからね!」

僕は小太郎の横に寝かされて、さらに僕の横にはなっちゃんがいて……
大きなベッドに川の字で僕達は眠った。
僕はやっぱり眠れなかったけど、いつもよりはなんだか落ち着いた気分になっていた。
でも、そう感じた途端に、僕は母さん達を殺した罪で死ぬんだという気持ちが込み上げ、思わず、声を漏らしてしまった。
なっちゃんは反射的に小さく目を開き、僕の手をぎゅっと握った。
振りほどこうとしたら、さらに強く力を入れて握られた。
僕は抵抗をやめ、すすり泣いた。
怖さは変わらなかったけど、それでもやっぱりどこか安心出来た。



小さな頃の出来事が、僕の頭をかすめ飛んだ。
近所の子供にいじめられた時、どこからともなくなっちゃんは駆けつけて、そいつらをやっつけてくれた。
中学生になった頃、そんななっちゃんのおかげで、僕は逆にからかわれるようになった。
姉に守られてるへなちょこ野郎だと。
そのことで、なっちゃんに文句を言ったら、なっちゃんはひどく悲しそうな顔をして、こう言った。



「私があんたを守ってるのは、あんたがへなちょこだからじゃないよ。
あんたは名前通り優しい子だから…だから、意地悪されても仕返しなんてしないじゃない。
私はそういう奴に腹が立つだけ。
ずるい奴とか悪い奴を許せないだけ。」



僕は優しくなんてない。
だめな僕を守ってくれるなっちゃんに文句を言うような奴だもの。



(本当に優しいのはなっちゃんだ。)



そう思ったのに、思春期の僕は、なっちゃんに素直な気持ちを言えることはなかった。
なのに、なっちゃんはそれからもずっと僕を守ってくれる。
世間ではおじさんと呼ばれるようになった今でも……



握られた手から、なっちゃんの優しさを改めて僕は感じた。
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