幸せの花が咲く町で
◆香織

葛藤





(私は何もやましいことはしていない……!)



そう思うのに、どうしても気になってしまう。
私に突き刺さる冷たい視線が……
その視線の主は、翔君ママ。
お友達と話す間にも、道路の向こうから私のことをちらちらと見てる。



「おばちゃーん!」

「あ、小太郎ちゃん!お帰りなさい!」

「篠宮さん、こんにちは。」

「こ、こんにちは。
今日は暖かいですね。」

「暖かいというより、暑いですね。」

「あ、そ、そうですね!」



翔君ママのことが気になって、堤さんとの会話にも身が入らない。
本当はもっとお話がしたい。
もっと堤さんの顔を見たい。
少しでも堤さんの傍にいたい。



だけど、そんな想いは、翔君ママのおかげでますます困難になった。
翔君ママを憎らしく思う気持ちはもちろんあったけど、不思議なことにそれとは裏腹な気持ちもあった。



これをきっかけに、堤さんと疎遠になっていったら……
そしたら、もう苦しまなくてすむんじゃないか…と。



口に出すことさえ許されない想いを抱えているのは、やっぱり苦しい。
人を好きになることが、こんなに苦しいことだなんて、知らなかった。
智君の時はただ楽しいばかりで、くたくたになるまで働いても、それで智君が喜んでくれるのなら…そう思ったら疲れなんか吹き飛んだ。
騙されたとはいえ、それほどまでに浮かれた気分を味わわせてもらえたのは、もしかしたら幸せなことだったのかもしれない。



でも、今は本当に毎日が辛い。
堤さんのことを好きになればなるほど、心は重くなっていく。



堤さんがもう一人いたら良いのに……
そんな馬鹿みたいな想像をしたこともあった。



だけど、そんなこと、子供の漫画でもありえない。
堤さんはこの世にひとりしかいない人だし、夏美さんという素敵な奥様と小太郎ちゃんという可愛いお子さんがいらっしゃるのも現実で……



そう……現実というものはいつだってとても残酷なもの。
堤さんのことは早く諦めなきゃ……
私には堤さんを愛する資格なんてないし、想うば想うほど苦しくなるだけだから……



それだけじゃない。
堤さんに変わったところはないから、今のところ、翔君ママは堤さんには何も言ってないようだけど、もしも私がまた堤さんのお宅にお邪魔したら、今度は堤さんにもなにか言って来られるかもしれない。



(そんなのだめ!)



堤さんにはそういうことで煩わしい想いをしてほしくない。



だから……やっぱり離れなきゃ……


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