幸せの花が咲く町で




「明日、カーテンとか寝具のカバーとか買いに行こうよ。」

しばらくして、なっちゃんがリビングの僕の所に来て、そう言った。



「もう終わったの?」

「うん、衣類は思った程なかったよ。
考えてみれば、着物は形見分けした時に一度整理したし、あの時、おばさんは衣類も確かちょっと持っていったよね?」

「そうだったっけ?」

それはとぼけたわけではなく、僕は本当に覚えがなかった。



「そうだったじゃない。
その時、明夫おじさんも、父さんの背広やネクタイ持って帰ったじゃない。
父さんとは身長がずいぶん違うのに、ズボンの丈はどうするんだろうって、あの時、あんたと話したよ。」

「……そうだったかな?」

両親が亡くなって、葬儀だなんだかんだって忙しかったあの頃のことを、僕はほとんど覚えていない。
多分、あの時の僕は自分の意志では動いてなかったんだと思う。
やるべきことを周りから言われるままにただこなしていくだけで、言ってみれば魂の抜けた人形のような状態だったんじゃないかと思う。
そのせいか、あの頃の記憶はなにもかもがおぼろげだ。



「あれ?明日って、なっちゃん、仕事は…?」

「休む。
私もいろいろやらなくちゃいけないことがあるから、今週は休むつもりだったんだ。」

「あっちには、あんまり持って行くものはないでしょ?」

「うん、全部、向こうで揃えるから、身一つで来たら良いって亮介は言ってるけどね。
ま、持って行くのは服とか靴とかバッグとか…そんなもんだよね。」

「小太郎にはまだ言ってないの?」

「うん。でも近々言うよ。
香織さん親子のアパートが壊されることになって、二人は行くところがないからここに住むことになって、だから、私達は亮介の家に行くことになったって。」

「そんなことで納得する?」

「無理矢理させる。」

無茶苦茶だ……そうは思ったけど、それも仕方ない。
どんな風に話した所で、小太郎が悲しい想いをすることは避けられない。



僕だって、小太郎と離れることはとても寂しい。
なっちゃんと離れることもとても寂しい。
大人の男としては、恥ずかしい感情なのかもしれないけれど、それが僕の本心だ。
だからこそ、篠宮さん親子のことを受け入れたんだと思う。
篠宮さんはともかく、会ったこともないお母さんまで一緒に暮らすことを了承したのは、きっと寂しさから逃れるためだったと思う。
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