幸せの花が咲く町で
「そういえば、堤さん……
店の名前は決まったんですか?」

「え……」

すっかり忘れていた。
店の名前を早く決めるようにと、なっちゃんに何度か言われていたことを。
面倒だからなっちゃんに任せると言ったけど、それはあんたが決めなきゃだめだって言われた。



「まだなんです。
なかなか決められなくて……」

「そうですか。
確かにこういうのって難しいですよね。
でも、看板が……間に合わないんじゃ……
あと、車も新しいのに変わったんですが、そのペイントも……」

言いにくそうにそう言った篠宮さんに、僕は周りに迷惑をかけていることを知った。



「早く決めないといけませんね。」

いろいろなことを知るにつれ、さすがに僕にもやる気のようなものがわいてきた。
そうだ……ここは、なっちゃんや亮介さんにすべてお膳立てされたとはいえ、僕の店だ。
僕が、独り立ち出来るようにと考えて、なっちゃんはここを買うことを決断してくれたんだと思う。
亮介さんだって、僕のために大金を払ってくれたわけだし……
それに、もしここが潰れたら、篠宮さんや岡崎さんはまた新たな仕事を探さないといけない。
この近所の花好きな人達は、花が買えなくなる……



そうだ、そのことでは僕だって困ったんだ。
以前の花屋が潰れるって知った時、これからはどこで花を買おうかと本当に困った。
このあたりには、僕が知る限りここにしか花屋はなくて、あとはスーパーとホームセンターに少し置いてあるだけだ。
北口の方にはあるかもしれないけど、僕が聞いたこともないってことは駅からは遠いのかもしれない。



そんなことを考えると、やはりここは大切な場所のような気がした。
今の僕には、花屋の仕事はほとんど出来ないかもしれない。
でも、事務や掃除や片付けくらいなら、僕にだって出来るはずだ。
焦らずに、出来ることから頑張っていこう。



僕はぽっかりと不自然に空いた店の入り口をみつめた。
おそらくはそこが看板の入る場所だ。
なっちゃんはきっと、お店に愛着や責任を感じるように、僕に名付けることを命じたんだ。


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