悪い男と共犯者
悪い男


つけているテレビからは楽しそうな会場が映し出されている。


『早くお前も結婚しろよ~』


『出来るならお前に言われる前にしてるよ!』



ギャハハと会場が笑いに包まれるが、この部屋の温度は冷えていく。



「嘘つき…」



ボソリと呟く私に面倒くさいと言わんばかりに顔を背ける隣の男は、今流れている番組に出ている張本人。しかも司会をしている。



「テレビなんだし、仕方ないだろ。俺はスキャンダルとか面倒なのは嫌なんだよ。お前も知ってるだろ?」



「…分かってるよ。」



分かってる。
芸人の彼と一般人の私が釣り合うわけないって。
芸人の中ではトップクラスに色気のある彼がモテないわけが無いって。



こういう恋愛関係の話題がテレビで振られるのも、きっと彼の色気のせいだろう。
そして、彼は毎回恋人の影を否定する。


彼にとって私はいったいどういう存在なのだろうか。
彼の周りには、女優やモデルなど私なんかよりも綺麗な女性が沢山いる。
でも、彼が複数の女性と同時に関係を持つような人ではないと信じているし、そんな不誠実な人ではないと理解しているつもりだ。


彼とは、芸人として売れる前からの付き合いだ。
最初は私もまさか彼が芸人の卵だなんて思いもしなかった。
俳優の卵と言われた方が余程真実味があるような気がしたくらいだったからだ。



彼は芸人として注目されるのはいいが、それ以外つまり恋愛関係な話題で注目されるのがかなり嫌らしい。


彼が自分の恋愛事に干渉されるのが嫌な気持ちは分かるし、もしも私の存在がマスコミにバレたらちょっとした騒動になるのも分かっているので仕方ないことだとは理解している。



でも、

彼には私がいるんだよ
って

彼は私のものなんだよ
って




言ってしまいたい気持ちが全くないわけじゃない。

日本中の女性は彼に特別な女性はいないと思っているのだと思うとどうしようもない気持ちに押しつぶされそうになるのだ。

彼がどうしてテレビに出る人なんだろうって恨んだことは何度もあるし、彼のコンビが毎年行われる大会で優勝したことを恨んだことも何度もある。



彼の夢を恨む私は最低の女だ。






だから私は何も言えずにただ俯くしかない。

昔は彼の夢を全力で応援していたのに。
彼が優勝したときも、初めて彼が番組を持てたときも自分の事のように嬉しかったのに。



どうして私はこんなに醜い女になってしまったんだろう。






すっかり萎んで縮んでしまった彼女の体にひと回りは優に越えた男の陰が重なる。


自分の足元に陰が出来たことに気づき彼女が上を見上げると頭を撫でるように大きな手が滑った。




「お前は、全然分かってない。」


「……」



「そんな顔するな。俺にはお前だけなんだから。
芸人の俺じゃなく、男の俺を見て信じて欲しい。」


彼女が不安そうな顔をする度に彼はそう告げる。

彼女が自分から離れないためなら彼はどんなことでもする覚悟は出来ている。




最初は彼女のために有名になろうと必死だったが、今のこの状況は彼にとってかなり大誤算だった。



次の大会で優勝できたら、彼女に告げようと思っていた言葉は、いざ優勝してしまうと急に仕事が忙しくなりそれどころではなくなってしまったし、優勝はゴールではなくスタートだったのだと身にしみて感じてしまい更にまだ彼女に告げるべきではないと思ったのだ。


彼女に渡す予定だった指輪はクローゼットの奥に押しやられている。


いったいあれから何年の月日が過ぎてしまったのだろう。


彼にとって彼女は何よりも大切な存在だった。

だからこそ、有名になってしまった今、彼女とは結婚することが出来ないのだ。

彼女は一般人。一度も表に姿を出したことはない。
彼女を世間の晒しものにはしたくなかった。




「私、信じてるよ。フミヤのことちゃんと信じてる。」



彼女は真っ直ぐな瞳で彼を見つめる。

そのまま彼は彼女に影を落とし、優しく包み込んだ。


柔らかい体は何度抱きしめても飽きることがない。





実は、何度も彼には彼女との写真をマスコミから送り付けられている。
だがそれを彼は全て金で回収してきたのだ。

自分を応援してくれている彼女の仕事を奪うようなことを彼はしたくない。


自分と恋人だという関係が世間に広まれば好奇の目に晒され、彼女は今の職場に居づらくなってしまうだろう。






形なんて必要ない。


ただ彼女が自分の傍に居続けてくれれば、なんだっていいのだ。














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