【短編】さよなら、愛しいひと
私は彼に呼ばれ、此処に来た。
あとは、彼が終わりの言葉を告げるのを待つだけ。
私はその言葉にただ肯定の言葉を示すだけでいい。
そう言い聞かせ、弱い自分を押し込める。
汗をかいたアイスコーヒーのコップに手を伸ばし一口、口に含む。
甘い方が好きな私の砂糖とミルクたっぷりのアイスコーヒーは何故だかいつもより苦い気がした。
それを無理やり飲み込んで食道を通り、胃に運ばれる冷たい感覚がした時。
「美穂、ちょっといいか」
緊張したような上擦った声にビクっと肩を震わせる。
私は何をしているのだろう。
これじゃ鋭い彼のことだ。
すぐにでも気付かれてしまう。
潤されたはずの口がカラカラと渇いていく。
手は少し汗ばんで、心臓は厭に大きく脈打っていた。
「なに、急に改まってどうしたの?」
努めて冷静に、いつもの調子で、軽口を言うように笑みを携える。
でも、一瞬見せた戸惑いと謝罪の色を含んだその顔から見透かされているのだろう。