あじさい~揺れる想い~
心の整理がつかない私を見つめて、渡辺くんはニッコリ笑い、私の手を取ると、速足で歩き始めた。
「行こう!」
彼に手を引かれて進み始めた方向は、彼が来たのとは逆の方向で、明らかにみんながいる場所と違う場所を目指していることがわかった。
「ち、ちょっと、どこに行くん?」
強引に手を引かれたが、繋がれた手は優しかった。
しかし、どこに連れていかれるのかという不安から、うまく言葉が出なかった。
「いいの、いいの。手塚さんに、花火が1番きれいに見える穴場に連れて行ってあげるから」
そう言って、人ごみの進行方向に逆らいかき分け私を引っ張っていった。
しばらくすると、公園から出て静かな通りに出てきた。
「ちょっと、どこに行くんよ!」
私の訴えにも「いいから、いいから」と全く応えようとしない彼に苛立っていた。
5分くらいこんな調子で歩くと、目の前に4階建てくらいの建物が見えた。
その建物には明かりもなく、怪しげな雰囲気を醸し出していた。
花火大会は始まったようで、打ち上げ花火の音が聞こえていた。
「ちょっと、な、何するつもり?」
その人気のない建物に入っていこうとする彼を拒んだが、私の力ではどうにもできなかった。
「大丈夫。変なことしないから」
街灯に照らされた渡辺くんの表情は真剣で、声もからかっている感じではなかったので、彼を信じることにした。
「こっちに階段あるから」
そう言って建物の横の階段に向かって歩いていた。
「手塚さん、足大丈夫?ゆっくりでいいから」
「うん」
浴衣を着ている私を気遣ってくれたので、素直に返事をしてしまった。
建物の屋上まで連れて来られると、目の前の景色に驚いた。
空には一面に打ち上げ花火が広がっていて、周りに誰もいない分、花火を独り占めしている気分になった。
「きれい・・・」
そう思わず呟く私は隣からの視線を感じていたが、目を合わせることはせずにいると、彼は満足気に「だろ?」と言い、空を見上げた。
ほんまにきれい・・・。
打ち上がっては消え、打ち上がっては消える花火を見ていると、今誰と一緒にいるかさえも忘れるくらい夢中になっていた。
「なぁ、あの彼氏のどこが好きなの?」
急にされた質問と彼の視線の鋭さに驚いたが、私は答えた。
「優しくって、真面目なところかな?」
「ふぅん」
なにその、何かを含んでいるような返事は。
「それって、『いい人』ってこと?二人ってさ、付き合って長いんでしょ?
それだけ長くいるってことは、他に決め手があるんじゃないの?」
・・・他に決め手?
優しくて、真面目な人だけじゃ3年も付き合えないって言うの?
何が言いたいの?
「例えば・・・体の相性がいいとかさ・・・・」
「はぁ?何を言ってるんよ!」
私は慌てて、彼に突っ掛かったが、当の本人は涼しい顔をしながら花火を見ていた。
そして、信じられないことを口にした。