ガラスの靴じゃないけれど
「呼び止めて悪かったね」
「いえ」
山本時計店の奥の居間で、ゲンさんは上がった息を整えながら、お茶をすする。
「それで私に話というのは、やはり再開発のことですか?」
先週の住民説明会で、私とゲンさんは顔を合わせている。
だから私が野口不動産の社員だということを、ゲンさんは知っている。
「まあ、そうなんだが。それよりもお嬢さん。今にも泣き出しそうな顔をしているが、響に何か言われたのかい?」
私を心配してくれるゲンさんの声は温かく、思わず涙が込み上げてしまう。
「響さんは悪くないんです」
「何があったのか、教えてくれるね?」
祖父のような親しみやすさを感じたゲンさんの言葉に、私はこくりと頷いた。
「響さんが再開発に同意していないのに、私はシエナが移転するという前提で話をしてしまったんです」
「なるほど。それで響が怒ったのか。その靴はこの前壊れたものだね?響は直してくれなかったのかね?」
私が握り締めているのは、強引に突き付けられた壊れたままのパンプス。