ガラスの靴じゃないけれど
「話?ですか?」
「ああ。それともこんな老いぼれと話すのは嫌かね?」
望月さんの誘いがなければ、土日に用事など何もない。
「ゲンさんは老いぼれなんかじゃありません。わかりました。また来週お邪魔します」
何も取り柄のない私を必要としてくれることが嬉しくて、私はすぐに承諾の返事をした。
自分の無神経な言葉で彼を傷付けてしまい、ふさぎ込んでいた気持ちがゲンさんのお蔭で軽くなる。
きっと来週は笑顔でゲンさんと話ができるだろうと思いながら、山本時計店を後にしようとした。
その時。ゲンさんがケホケホと苦しそうに咳き込む。
「大丈夫ですか?」
苦しそうなゲンさんを見ていられなくなった私は、咄嗟に背中を擦った。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
言葉通り、すぐに咳が止まったゲンさんは、私に向かってにこやかに笑みを浮かべた。
「若葉さん。気を付けて帰るんだよ」
「はい。さようなら」
ホッとしながら山本時計店を後にした私が視線を向けた先は、靴工房・シエナ。
チクリと痛む胸を自覚しながら、私は真っ直ぐ駅に向かった。