ガラスの靴じゃないけれど
とうとう梅雨入りしてしまったことを鬱陶しく思いながら、濡れた傘を備え付けの袋に入れると、エレベーターホールに乗り込む。
普段より30分早いせいか、エレベーターに乗っているのは中年の男性社員と私だけ。
6階でその社員が降りると、エレベーターはあっという間に開発事業部のオフィスフロアがある10階に到着した。
不安な気持ちを抱えたままエレベーターから降りた私は、自販機コーナーの前を通り過ぎ、廊下の角を曲がる。
すると、すでにそこには壁にもたれ掛っているだけで絵になる先客がいた。
「おはよう。若葉」
「おはようございます。早出させてしまってすみません」
「30分早く来るように指示したのは俺だよ。だから若葉が謝る必要はない」
相変わらず優しい言葉を口にする望月さんは、私の頬に手を当てるとゆっくりと顔を寄せてきた。
「望月さん。昨日メールした内容ですけど」
「その前に、若葉。朝の挨拶をさせて」
望月さんが言う挨拶とは、もちろんキスのこと。
ついばむようなキスを何度も唇に落とされた私は、望月さんの腕に添えていた手に力がこもってしまった。
「若葉が反応を示してくれるようになって嬉しいよ」
朝から恥ずかしいことを言う望月さんは、やはり意地悪だ。