ガラスの靴じゃないけれど


思わず俯いてしまった私の顔を覗き込みながら、クスッと小さく笑った。

「冗談はこれで終わり。さて、若葉...じゃなくて、一条さん?五十嵐響を怒らせたって、どういう意味か教えてもらおうかな」

私と望月さんが普段より30分早く出社したのは、人の気配がないオフィスフロアの片隅でキスをするためではない。

靴工房・シエナで彼から言われたことを、報告しておいた方がいいのではないかと思った私は、昨日の夜、望月さんに相談のメールを送っていたのだ。

光が丘駅北口商店街を初めて訪れた時に、パンプスが壊れてしまったこと。

それを直してくれると、彼が約束してくれたこと。

昨日は借りていたパンプスを返しに行ったことを、手短に説明をした。

「作業を見学させてもらっている時に、つい移転したらどうするのか尋ねてしまったんです」

「へえ。それで?」

「あの店から立ち退く気はないし、商店街も存続させるつもりだと上司に伝えておけと言われました」

話を黙って聞いていた望月さんは、腕組みをしながら何度も頷いた。

「このことを部長と松本チーフにも伝えた方がいいでしょうか?」

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