ガラスの靴じゃないけれど
「いや。五十嵐響が再開発に反対していることは、みんな知っている。もし問題が起きたら俺の方から報告しておくから一条さんは何もしなくていい。それより...」
仕事用の縁なし眼鏡のブリッジを上げた望月さんは、足を一歩踏み出すと私との距離を縮める。
無表情のまま近づいてくる望月さんが、何を考えているのかわからない。
どうしたらいいのかわからなくなってしまった私は、ゆっくりと後ずさりをした。
その私の背中が、オフィスフロアの片隅の壁に当たる。
そして行き場の無くなった私を囲むように、望月さんの手の平が壁に付いた。
「若葉。ヤツと会うことも、あの店に行くことも今後一切禁止。いいね?」
「ど、どうして?」
「若葉を危ない目に遭わせたくないから。本当だったら今すぐにでも仕事を辞めさせて、家に閉じ込めておきたいくらいだよ」
望月さんが見せる独占欲に驚いた私の頭に浮かんだのは、山本時計店のゲンさんと交わした約束のこと。
でも、そのことを打ち明ける前に返事を急かされる。
「若葉?返事は?」
消え入りそうな小さな声で「はい」と答えれば、望月さんの表情は穏やかなものに変化した。