ガラスの靴じゃないけれど
望月さんは片方の手を壁から離すと、私の顎に添える。
そして、有無を言わさずに私の唇を奪った。
上下の唇を割られて、口内に熱くて柔らかいものが侵入してくる。
それが望月さんの舌だとわかった時。エレベーターフロアから出社して来た人々の足音と話声が耳に届いた。
初めてのディープキスを経験した私は、唇が離れても恥ずかしくて顔を上げることができない。
そんな中、俯いた私の耳元で聞こえたのは、望月さんの囁く声だった。
「若葉。今度休みが取れたら、またデートしようね」
先日の楽しかったドライブデートを思い出した私は、黙ったままコクリと頷く。
でも、望月さんの話はこれで終わりではなかった。
「ただし、次のデートでは門限を過ぎても帰さないから。そのつもりでね」
望月さんの言葉の意味が理解できなかったのは、一瞬だけ。
未知なる初体験のことで頭がいっぱいになってしまった私が戸惑いながら顔を上げると、望月さんはクスッと笑う。
その笑顔に応えるように微笑んでみたけれど、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。