ガラスの靴じゃないけれど
好奇心に突き動かされた私は、泥棒のように足音を忍ばせながら山本時計店に近づく。
そして、中の様子をチラリと覗いた。
その時。
「おい。この店に用事か?」
突然、背後から声を掛けられた私は、驚きのあまり身体がピクリと硬直する。
ロボットのようにぎこちなく首だけを回しながら後ろを振り返ると、ちょっとくたびれた生成りの丸首Tシャツから覗く喉仏が見えた。
どうやら声を掛けてきたこの人は、私より頭ひとつ分、背が高いらしい。
ゆっくりと視線を上げると、そこにいたのは黒髪をワシャワシャと掻き上げながら、棒付きキャンディーを口にくわえている男。
ウエーブがかかったその男の黒髪は、毛先があちらこちらの方向に跳ね上がり、お世辞にもオシャレとは言えなかった。
「いえ...別に用事はありません」
「ならどうして、この店を覗いていた?」
まるで、おまわりさんに職務質問をされているような気分になった私は、気まずさを感じて黙り込む。