ガラスの靴じゃないけれど


「この前は悪かったな。あの後、響ちゃんに怒られた、怒られた」

大きな声を上げて笑い飛ばすシゲさんは、豪快で憎めないキャラだ。

そして、彼がシゲさんを注意しておくという約束を守ってくれたことが、何よりも嬉しかった。

私が来るのを待ってくれている人がこんなにいることが嬉しくて、自然と頬が緩む。

でも胸の片隅には、靴工房・シエナで見てしまった光景が引っ掛かったまま。

「どうしたんだい?元気がないね」

鋭いゲンさんの問い掛けに応えられなかった私が視線を向けた先は、靴工房・シエナ。

すると、居間でおせんべいを食べていたお年寄りのひとりが声を上げた。

「ここに来る時、駐車場に赤い車が停まっているのを見たよ」

「ってことは、マダムレッドのご来店か」

センスのないネーミングを聞いた私は、吹き出しそうになりながらも質問をする。

「あの。マダムレッドって?」

「赤い車に乗った金持ちマダムのこと。響ちゃんのお得意様でさ。ああやって定期的に店に訪れるんだよ。まったく何してんだか」


< 111 / 260 >

この作品をシェア

pagetop