ガラスの靴じゃないけれど
私の様子を見た男はくわえていた棒付きキャンディーを口から出して手に持つと、ニッカリと笑みを浮かべた。
何か面白いことを思い付いたような男の笑顔を見た私は、嫌な予感がしてジリジリと足を後退させる。
でも、そんなことなど気にもせずに、男はいきなり私の手首を掴むと大股で歩き出した。
な、何?
男の予想外の行動に驚いた私は、ただ転ばないように足を前に進めることしかできない。
歩数にしたら、わずか5歩ほど?
見知らぬ男に手首を掴まれ、動揺したままの私が連れて行かれたのは、先ほど店内をチラリと覗き見した山本時計店。
今にも割れそうな店のガラスの引き戸を、男は遠慮することなくガラガラと大きな音を立てながら開けると、店内の奥に向かって声を張り上げた。
「ゲンさん!客!客を連れてきたぜ!」
「え?客?」
「そ。だってアンタ、熱心に時計を見ていただろ?さあ、どれにする?」
「ええっ?」