ガラスの靴じゃないけれど


「若葉?まさか覚えていないの?」

シーツを引き寄せて急いで身体を隠した私は、黙ったままコクリと頷く。

その脇から手を伸ばして、ベッドのヘッドボードの上に置いていた縁なし眼鏡を掛けた望月さんは、私に背中を向けるとベッドの隅に座った。

「参ったな...どこから覚えていない?」

「...タクシーで...家に送ってもらっている途中で...私、眠くなっちゃって」

「は?そんなところまでしか覚えていないの?」

呆れたようにため息を付いた望月さんに向かって、小さく「はい」と言うことしかできなかった。

「今日は帰りが遅くなるって家の人に言ってきたって言うから...。俺は行き先を変更してもいいか?って若葉に聞いたんだよ」

そこまで説明してもらっても、私はそのことを思い出すことができなかった。

きっと私はYESと返事をしたのだろう。

もし私がNOと返事をしたのなら、責任感の強い望月さんはきちんと家まで送ってくれたはずだから。

「ここは?」


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