ガラスの靴じゃないけれど
未だに私の手首を掴んだまま勝手に話を進める目の前の男の表情は、何故かとても活き活きとしていて嬉しそう。
「腕時計か?それとも目覚まし時計か?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「安心しろって。この時計屋のゲンさんは年くっているけど、腕は確かだからさ」
生憎、私は腕時計も目覚まし時計も欲しくはない。
仮に欲しいと思ったとしても、このレトロな山本時計店で買い求めようとは絶対に思わない。
まったく......どうしてこんなことになってしまったの?
左右をキョロキョロと見回しながら戸惑っていると、店の奥の障子がスッと開き、ひとりの老人が姿を現した。
「おい、響(ひびき)。どうやらそのお嬢さんは、お客さんではないようだ。手を離してやれ」
丸縁メガネに茶色のニット帽スタイルの老人が吐き出した声は、どことなく覇気がない。
その寂しそうな老人の言葉を聞いた響と呼ばれた男は、目を大きく見開くと驚きの表情を浮かべた。