ガラスの靴じゃないけれど
開発事業部のホワイトボードに張り出されているのは、現在の光が丘駅北口商店街の地図。
かつては肉屋さんだった田口さんの店も、八百屋さんだった高橋さんの店も、蛍光ペンで色が塗られている。
「想像していた以上に同意が得られたな」
腰に両手を当てながら、その地図を見つめて満足そうに頷いているのは松本チーフ。
「やはりネックはここですね」
ホワイトボードの地図を指さしながら、眉間に皺を寄せるのは望月さん。
つまり、再開発に賛成の同意を得られている住民の家が色付けされ、再開発に反対でまだ同意を得られていない住民の家は白いまま。
望月さんが指を差したのは、靴工房・シエナと山本時計店。
もちろん、地図上の二軒は色付けされてはおらず、白いままだ。
「ゴネれば補償金が上がるとでも考えているんだろ。まあ、粘り強く交渉をしていくしかないな」
松本チーフが望月さんの肩を叩く姿を見つめながら思うことは、ゲンさんと交わした話。
彼が再開発に反対するのは、お金が理由じゃない。
そのことを松本チーフに伝えた方がいいのか考えていると、望月さんと目が合った。
望月さんと一夜を過ごしてから、すでに二週間が経っている。
その間に交わしたのは、他愛ない内容のメールだけ。
本当だったら恋人として今が一番楽しい時のはずなのに、不安で押しつぶされそうになっていた私は望月さんから視線を逸らした。