ガラスの靴じゃないけれど
佐和子先輩と有紀ちゃんに相談しても梅雨空のように心が晴れない私は、開発事業部でため息を付きながら入力作業をこなしていた。
その私のデスクの上に大きな音を立てて叩き付けられたのは、一枚の紙。
驚いて顔を上げれば、開発事業部の飲み会後のトイレで暴言を吐いた溝口陽菜さんがいた。
「ここ。入力ミスよ」
ミスを指摘した箇所を差す溝口さんの指先は、上品なピンクベージュ色のネイルが施されている。
短く切りそろえただけの自分の爪が恥ずかしいと思った私は、キーボードの上から隠すように手を下ろした。
「すみません。すぐに訂正します」
小さく頭を下げた私の目の前で、内巻きの髪の毛がふわりとなびく。
「こんな単純なミスをするようじゃ、地味な総務部に戻される日も近いわね」
誰にも聞こえないように私の耳元で囁かれたのは、溝口さんの嫌味。
でもミスをしてしまったのは事実だから、何も言い返すことなどできない。
嫌味を吐き出した溝口さんの形の良い艶やかに光る唇が、いつまで経っても頭から離れなかった。