ガラスの靴じゃないけれど


午後になり、打ち合わせをしていた松本チーフが勢いよくミーティングルームから飛び出してきた。

「一条さん。悪いけれど、急ぎでこの資料を10部コピーしてくれ」

「はい」

資料を受け取った私は指示通りにコピーを終わらせると、そのままミーティングルームへ向かった。

「失礼します。コピー終わりました」

「おお。ありがとう」

ミーティングルームの奥の席に座っている松本チーフの元に、コピーした資料を届けようとした時。望月さんが席を立ち、私の元に向かってきた。

「一条さん。ありがとう。資料は俺がもらうよ」

「はい。よろしくお願いします」

口元を少しだけ上げた望月さんが、私の手元からコピーを受け取ろうした。

その時。望月さんの細くて長い指先が、私の手の甲をすっと滑る。

偶然?それとも、わざと?

本当だったら、二週間ぶりに感じた望月さんの温もりは嬉しいはず。

それなのに望月さんの指が触れた瞬間、言い表すことのできないざわめきのようなものを感じた私は、手にしていた資料を床に落としてしまった。

「あっ。すみません」

「いや。大丈夫」

床にかがみ込もうとした私を制した望月さんは、あっという間に資料を拾い上げてしまう。

「一条さん。ありがとう」

資料を落としてしまったのに、またお礼を言われた私は複雑な思いを抱えながらミーティングルームを後にした。


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