ガラスの靴じゃないけれど


定時になり、開発事業部を後にした私が足を止めたのは、望月さんに呼び止められたから。

「一条さん。少し落ち込んでいるんじゃない?」

望月さんの言葉に黙って頷けば、廊下の角を曲がったオフィスフロアの片隅に誘導される。

帰宅する私を呼び止めたりする余裕がないほど、望月さんは仕事に追われている。

それなのに今日に限って後を追い駆けてきてくれたのは、ミスをしてしまった私を気遣ってくれたから。

「若葉?大丈夫?」

「はい。心配かけてすみません」

「いや。あれからさ。若葉とゆっくり話もできなかったし。俺の方こそふたりきりの時間が取れなくてごめん」

望月さんが口にした『あれから』とは、ふたりが初めて結ばれた日のこと。

そして『ふたりきりの時間』とは、また身体を重ね合うことを含めたデートのことだろう。

望月さんはいつだって優しくて、私を大事にしてくれる。

それなのに、こんなにも胸がざわめいてしまうのは、どうして?

自問自答を繰り返す私の腕に伸びてきたのは、望月さんの大きな手。

両腕を掴まれた時点で望月さんが何をしようとしているのか、私にはわかってしまった。

今までの私だったら、久しぶりに交わす望月さんとのキスを、瞳を閉じて受け入れたはず。

でも今の私は......。


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