ガラスの靴じゃないけれど
「あの日...」
「あの日?」
「望月さんと結ばれた日。私、痛くて怖くて...途中でヤメテってお願いしたのに...」
「ちょっと待ってよ。初めは誰でも痛いもんじゃないの?それを俺のせいにされても困るよ」
望月さんの精悍な顔立ちが目の前で歪むのを見ただけで、また恐怖を感じてしまう。
思わず涙が込み上げてきた時、望月さんが大きくため息を付いた。
「俺、もう仕事に戻らなくちゃ」
「...はい」
俯いたままでいる私の前を、望月さんが通り過ぎる。
その足元は迷いなどなく、真っ直ぐにオフィスに向かって行った。
息の詰まるような時間が終わり、ひとりになった途端、全身の力が抜けた。
ヘナヘナとその場に座り込んだ私の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。
涙を流しながら思うことは、後悔ばかり。
あの日、お酒なんか飲まなければ......。
あの日、望月さんに送ってもらわなければ......。
あの日、タクシーの中で眠らなければ......。
あの日、セックスなんかしなければ......。
決して戻ることなどできない“あの日”を思い返しながら、私はオフィスの片隅でとめどなく涙を流した。