ガラスの靴じゃないけれど


「あの日...」

「あの日?」

「望月さんと結ばれた日。私、痛くて怖くて...途中でヤメテってお願いしたのに...」

「ちょっと待ってよ。初めは誰でも痛いもんじゃないの?それを俺のせいにされても困るよ」

望月さんの精悍な顔立ちが目の前で歪むのを見ただけで、また恐怖を感じてしまう。

思わず涙が込み上げてきた時、望月さんが大きくため息を付いた。

「俺、もう仕事に戻らなくちゃ」

「...はい」

俯いたままでいる私の前を、望月さんが通り過ぎる。

その足元は迷いなどなく、真っ直ぐにオフィスに向かって行った。

息の詰まるような時間が終わり、ひとりになった途端、全身の力が抜けた。

ヘナヘナとその場に座り込んだ私の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。

涙を流しながら思うことは、後悔ばかり。

あの日、お酒なんか飲まなければ......。

あの日、望月さんに送ってもらわなければ......。

あの日、タクシーの中で眠らなければ......。

あの日、セックスなんかしなければ......。

決して戻ることなどできない“あの日”を思い返しながら、私はオフィスの片隅でとめどなく涙を流した。


< 147 / 260 >

この作品をシェア

pagetop