ガラスの靴じゃないけれど
「お嬢さん。迷惑掛けてすまなかったね」
「い、いえ。では、私はこれで失礼します。あの、お大事に」
ご主人のことは少しだけ心配だけれど、ここにいつまでいても仕方ない。
山本時計店のご主人と、ムスッとした表情を浮かべながら、また棒付きキャンディーを口にくわえた響という男に向かって、私は小さく頭を下げた。
そして山本時計店のガラスの引き戸をガラガラと開けると、外に出るために一歩踏み出す。
その時。予想すらしていなかったハプニングに見舞われた。
カクンと視界が傾くと同時に、身体のバランスが崩れる。
このままでは転ぶ!と思ってみても、時すでに遅し。
「キャッ!」
山本時計店の前で私は、見事に尻もちをついてしまっていた。
打ってしまったお尻の痛みを我慢していると、クククッという笑い声が頭の上から降ってくる。
驚いて顔を上げれば、その笑い声を上げた犯人は響という男だった。
しかも、器用に棒付きキャンディーをくわえたまま笑っているし......。