ガラスの靴じゃないけれど
私の足元で階段を一段降りるたびにパコンと音を立てるのは、この病院の緑色のスリッパ。
「オマエを送るのは一旦家に帰るついでだ」
階段を下りながら素っ気なく言い放つ彼の横顔は、どことなく強張っているように私には見えた。
もしかしてゲンさんの病状があまり良くないと、説明を受けたのかもしれない。
「あの。ゲンさんのことなんですけど」
「年だからな。健康診断も受けていなかったし、今回は検査入院だ」
「検査入院...」
「ああ。だからあまり心配するな」
今まで不安ばかりが募っていた私の心が、彼の一声で軽くなるのを実感した。
「タクシーを呼んで来るから、オマエはロビーのソファに座って待っていろ。あ。それからそれを脱げ」
病院で服を脱がなければならないのは、先生に診察をしてもらう時。
彼の目の前で何を脱がなければならないのか考え込んでいると、冷ややかな視線が向けられた。
「何を考えているんだよ。スリッパだよ」
「あっ。はい」
『脱げ』という言葉に過剰に反応してしまう自分が嫌になりながら、ソファに腰を下ろすとスリッパを脱ぐ。