ガラスの靴じゃないけれど


彼はそのスリッパを手に取ると、ロビーから姿を消した。

日曜日の午後。病院の一階のロビーで見かけるのは、入院患者のお見舞いに訪れる人くらい。

そんな中で彼を待つ私の心の中に渦巻くのは、様々な感情。

ゲンさんのこと。望月さんのこと。そして靴工房・シエナと山本時計店の行く末のこと。

私はソファの上で膝を抱えると、顔をうずめるようにして流れ落ちる涙を隠した。

でも、涙で震える肩までは隠し通せなかったみたい。

「おい。だから心配するなって言っただろ?」

彼の大きな手の平が、私の短い髪の毛をクシャクシャと撫で回す。

「ゲンさんはオマエの笑顔が好きなんだよ。だから泣くなよ。な?」

頭を撫でてくれていた彼の大きな手に力がこもると、身体を引き寄せられる。

彼の肩にもたれ掛かりながら、その安心感に身を委ねた私の涙腺がさらに緩んだ。

「ゲンさんの前では泣いたりしないから...だから今だけは泣かせてください」

「ああ」

少しだけワガママなお願いを受け入れてくれた彼は、その大きな手で私の頭を優しく撫で続けてくれた。


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