ガラスの靴じゃないけれど


「響さん。ありがとう」

「別に礼を言われるほどのことじゃねえよ」

言葉だけを聞いたら不機嫌なのかと思ってしまうけれど、これは彼の照れ隠し。

思わず笑いが込み上げてしまった私は、小さく吹き出してしまった。

「何だ?今泣いたカラスがもう笑ったってヤツか?」

「もう!子供扱いしないでください!」

「俺に言わせれば、オマエはまだまだ色気が足りねえと思うけどな」

彼の言葉をすぐに否定できないことを悔しく思っていると、お姫様抱っこから下ろされた私の身体がタクシーの後部座席に沈む。

「光が丘駅北口商店街まで」

隣に乗り込んできた彼が行き先を告げると、タクシーはゆっくりと病院を後にした。

預かっていたデニム地のエプロンを差し出せば、彼は小さくため息を付く。

エプロンを受け取った彼のその横顔は、少し疲れているように見えた。

「ゲンさんの入院って長期になりそうですか?」

「検査の結果次第だな」

ゲンさんには身寄りがいない。

入院してしまったゲンさんの付き添いをするのは、彼ひとりでは負担が大きいはずだ。


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