ガラスの靴じゃないけれど


終わらない作業に嫌気が差してきた頃、ミーティングルームのドアがカチャリと開く。

「大変そうだね。少し手伝うよ」

ワイシャツの袖口ボタンを外して腕まくりを始めたのは、望月さん。

以前にも同じようなことがあったと、懐かしく思いながら望月さんを見つめた。

相変わらず望月さんは優しい。

でも、その優しさが今の私には辛かった。

「ここは私ひとりで大丈夫ですから」

「そんな露骨に俺を避けないでよ」

苦笑交じりの望月さんの言葉が、私の胸に痛く突き刺さる。

「本当はゆっくり話がしたいけど、生憎時間が取れなくてさ。作業しながらこれからのことを話さないか?」

実に合理的な望月さんの提案に頷いた私は、途中だった作業の続きに取り掛かった。

一定の距離を置いて会話を交わすだけなら、大丈夫。

でも望月さんが私の近くに置いてあった書類に手を伸ばした時、身体がピクリと硬直してしまった。

「まだ俺が怖い?」

悲しげな瞳で私を見つめる望月さんに対して言えるのは、この言葉だけ。

「ごめんなさい」

思わず俯いた私に聞こえたのは、望月さんの深いため息だった。

「俺は好きになった子には笑顔で居てもらいたいし、キスしたいし、セックスだってしたい。でも若葉にそれを望むのはもう無理なのかな?」

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