ガラスの靴じゃないけれど


「あの。どなたか亡くなられたんですか?」

「あ、ああ。光が丘駅北口商店街の山本時計店の主人だよ」

ゲンさんが倒れたのはこの前の日曜日だし、彼だって検査入院だって言っていた。

今日はようやく残業しなくて済みそうだから、ゲンさんのお見舞いに行こうと思っていたのに......。

信じられない事実を聞いた私の心は、どうしようもなく荒れ狂った。

ゲンさんが亡くなったことなど信じたくないのに、瞳から勝手に涙が零れ落ちる。

「松本チーフ。私もお通夜に行かせて下さい」

本当ならば、ヘルプの私が葬儀に参列する必要などない。

それなのに詳しい事情を聞かずに、松本チーフは私の申し出を承諾してくれた。

「17時過ぎには会社を出るからそのつもりでな」

「はい」

私を慰めるように肩の上に、そっと手を乗せた松本チーフに感謝をした。


< 167 / 260 >

この作品をシェア

pagetop