ガラスの靴じゃないけれど


「帰ってくれ。アンタたちに参列されてもゲンさんは喜ばねえよ」

怒りに満ちた彼の言葉は、お寺の本堂にこだまするように響き渡る。

「響ちゃん!落ち着いて」

「そうだよ。お通夜で大声出したらゲンさんが悲しむよ」

取り乱した彼を必死に宥めるのは、参列者席から立ち上がった光が丘駅北口商店街のお年寄りたち。

彼は大きなため息を吐き出すと、頭を掻きむしりながら遺族席に戻って行った。

その後ろ姿は、悲しみが重く圧し掛かっているように見えた。

「悪いけどね、響ちゃんの言う通り帰ってもらえないだろうか。ゲンさんと静かに別れたいもんでね」

私たちに頭を下げるのは、住民説明会で私のお尻を触ったシゲさん。

以前、私に見せてくれた豪快さは、今は垣間見ることはできない。

「わかりました。お騒がせして申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げる松本チーフに続いて、望月さんと私も深くお辞儀をした。

結局、お通夜に参列することも、お焼香をすることもできなかった。

けれど彼の悲しみを思えば、それも仕方がない。

シゲさんが言う通り、仲間に囲まれて静かにお別れをする方がゲンさんだって嬉しいはずだ。

私はまた、込み上げてきた涙を拭いながら、ゲンさんのお通夜が営まれるお寺を後にした。


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