ガラスの靴じゃないけれど


「...ゲンさん」

名前を呼んでみても、返事がないことはわかっている。

それでもゲンさんの名を、呼ばずにはいられなかった。

溢れ出る涙が邪魔をして、もうゲンさんの顔も見えない。

どうすることもできない悲しみに胸が潰されそうになった時、不意に肩を叩かれた。

頬に伝う涙をハンカチで拭いながら振り向くと、そこには少しやつれた彼の姿があった。

「オマエ、今日も野口不動産の社員として告別式に来たのか?」

再開発プロジェクトに反対している彼らしい頑なな言葉を聞いた私は、思い切り首を左右に振る。

「だったら、いつまでもそんな所で泣いていないで参列者席に座れ。もう式が始まる」

彼の言葉を聞いた私が顔を上げれば、僧侶の方が本堂に入場してくる姿が目に映る。

棺の前から急いで立ち上がった私は、参列者席の一番後ろに腰を下ろした。


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