ガラスの靴じゃないけれど


彼が言う『みんな』とは、ゲンさんと奥さん。そして彼のお爺様とお婆様と、交通事故で命を落とした御両親のことだろう。

ゲンさんの葬儀の参列者も寂しいものだったけれど、彼も天涯孤独の身。

私とは比べ物にならないほど、悲しみを感じているに違いない。

彼に視線を向ければ、胡坐をかいたまま俯いている。

その手に握り締めているのは数枚の便箋と“響へ”と宛名が書き記された茶封筒だった。

ゲンさんが倒れた日。彼は中身を読まないまま、身に着けていたエプロンのポケットの中に、その茶封筒を入れていたことを思い出す。

「あの。それって、もしかしたらゲンさんの遺言書ですか?」

こんなことを聞いたら、彼は無神経だと怒るかもしれないと思った。

でも彼は自分の手元をじっと見つめたまま、抑揚のない声を上げる。

「そんな大袈裟なもんじゃねえよ。読むか?」

「え?私が読んでもいいんですか?」

「ああ。構わない」

私に向かって伸ばした彼の手に握られている便箋を、震える指先で受け取ると息を整える。

そして達筆な文字が並んでいる手紙に目を通せば、今は亡きゲンさんの笑顔が頭に浮かんだ。

まず始めに書かれていたことは、彼への忠告。


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