ガラスの靴じゃないけれど


好き嫌いはするな。運動をしろ。規則正しい生活を送れ。など、まるで口うるさい親のような言葉が並ぶ。

でもそれは次第に、愛情溢れる言葉に変わっていった。

交通事故で亡くなった御両親が、お爺様とお婆様が。そしてゲンさん夫婦が。

どれだけ彼を愛し慈しみ、育て見守ってきたのか、胸が熱くなるほどに書き記されていた。

「もしかしてゲンさんは、自分の命が長くないことを知っていたんですか?」

「まあな。肺がやられていたんだ。救急車で運ばれた時、オマエには検査入院だと言ったけど、本当は医者に覚悟はしておいてくれと説明されてな。嘘ついて悪かったな」

もし、私が本当のことを知ったなら、きっと取り乱して彼にもゲンさんにも迷惑を掛けていただろう。

誰にも頼れず、ひとりで辛く悲しい覚悟をしていた彼を思うと、胸が張り裂けそうに痛み出した。

「それから通夜の時も酷いことを言って悪かったな。オマエには感謝していたのに...」

「感謝?」

「ああ。俺はジイさんの死に目に会えなくてな。でもオマエが倒れているゲンさんを見つけてくれたお蔭で、今回は最期を看取ることができた。ありがとう」

胸に秘めていた想いを一気に打ち明けた彼の肩が、悲しみで震え出す。


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