ガラスの靴じゃないけれど
ゲンさんが入院した時も、お通夜の時も、告別式の時も、一度も涙を見せなかった彼が今、私の前で涙を流していた。
むせび泣く彼の姿を見ていられなくなった私は、彼の元に歩み寄ると丸まった背中に腕を伸ばす。
「響さんはひとりじゃありません。私が側にいますから...だから思い切り泣いてください」
こんなことを言ったところで、彼の心が癒されるとは思っていない。
でも、今の私ができることといったら、これくらいしか思いつかなかった。
「オマエ...生意気」
これが今の彼が言える、精一杯の強がり。
俯いている彼の頭に手を伸ばすと、自分の身体に向かってゆっくりと引き寄せる。
そして、私の肩の上に額を付いて慟哭し始めた彼の癖のある跳ね上がった髪の毛を、そっと撫で続けた。
頑固で口が悪い彼が、初めて見せた弱さが愛しい。
このまま夜になってしまっても、夜が明けてしまっても構わない。
彼の涙が枯れ果てるまで、ずっとこうしていよう。
そう思いながら瞳を閉じた時、彼の唇が私の首筋に触れた。
その温かな感触は、私の身体の奥を甘く刺激する。
ゲンさんの遺骨の前で不謹慎だと思っても、彼の唇を拒むことができなかった。
彼の身体の重みがのしかかり、私は居間の畳の上に押し倒される。