ガラスの靴じゃないけれど
いったい、これからどうなってしまうのかと戸惑った瞬間。
私はとんでもない勘違いをしていることに、ようやく気付いた。
「ひ、響さん」
彼の名前を呼んでみても、思った通り、反応がない。
「お、重っ」
今、私の身体と彼の身体は、1ミリの隙間もなく重なり合っている。
でもそれは、彼が私のことを押し倒したのではない。
私の肩に額を付けて涙を流していた彼が、寝落ちしただけだったのだ。
きっと、ゲンさんの付き添いや葬儀などで忙しくしていて、ろくに眠っていなかったに違いない。
意識のない彼の身体は重くて、このままでいたら呼吸ができなくなってしまうのではないかと不安が募る。
両手で彼の肩を押し上げ、どうにか大きな身体の下から脱出することに成功した私は深く呼吸をした。
「もう。紛らわしいことしないでください」
うつ伏せのまま、規則正しい寝息を立てている彼に向かって呟いてみても、返事がないことはわかっている。
でも、こんな文句を言えるのは、彼が眠っている時だけだから仕方がない。
彼の唇が触れた首筋が、ほんのりと熱を帯びているような気がしてならなかった。
さっき起きた出来事は、自分だけの秘密にすることに決めた私は、彼の大きな身体にタオルケットを掛ける。
そして、ゲンさんの手紙の続きに目を通したのだった。