ガラスの靴じゃないけれど


開発事業部のホワイトボードに張り出されていた光が丘駅北口商店街の地図が、すべて蛍光ペンで塗りつぶされた。

「しかし、週明けに五十嵐響から連絡があった時は驚きましたね」

「ああ。何事かと飛んで行けば、再開発に同意するって言い出したからな」

松本チーフと望月さんの言う通り、最後まで再開発に反対をしていた彼が賛成の同意を示したのは、週明けの月曜日。

彼が突然、意志を変えたのはゲンさんの手紙が原因。

ゲンさんの手紙には彼への忠告と愛情溢れる言葉の他に、自分がこの世を去った後のことが書き記されていたのだ。

再開発に賛成すること。山本時計店は取り壊すこと。遺産はすべて彼に譲ること。

それらのことはすでに遺言書を作成してあり、弁護士さんに預けているらしい。

そのことを知った彼は、もう自分ひとりが反対をしても仕方がないと思ったに違いない。

だから、再開発に賛成したのだろう。

「これで工事着工のめどが立ちましたね」

「ああ。夏休み前に面倒なことが片付いてホッとしたな」

松本チーフと望月さんは肩の荷が下りたらしく、終始笑顔を浮かべながら業務をこなしている。

再開発プロジェクトが一歩前進したことは、私も嬉しい。

けれど彼の心情を思うと、素直に喜べないのも事実。

忙しく業務をこなしていても、何故か彼のことばかり考えてしまうのだった。


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