ガラスの靴じゃないけれど
そのことを蒸し返すつもりがない私は、わざと素知らぬ顔をすることにした。
「お茶を淹れるくらい迷惑じゃありませんよ」
「あ?い、いや...そうじゃなくて」
「もっと飲みますか?」
「...ああ。頼む」
彼が座卓の上に置いた湯呑にお茶を注ぎ足すと、まったりと時を過ごす。
いつもより控え目な彼が、新鮮で可愛らしいと思いながら。----
彼との思い出がひとつずつ増えていくことを嬉しく感じながら靴工房・シエナの金色の丸いドアノブに手を伸ばすと、木目調の扉を開ける。
「こんにちは」
するとデニム地のエプロンを身につけて作業をしている彼が、呆れた表情を浮かべながら私を見た。
「この暑さの中、また来たのかよ。ヒマ人だな」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」
言葉は悪いけれど、それが本心でないことを私は知っている。
つい緩んでしまう口元を自覚しながらエアコンの風に当たりつつ、持参した赤いハート柄のエプロンを身に着けた。
最初のうちはお手伝いというよりも、邪魔をしているのかもしれないと思うことが何度もあった。