ガラスの靴じゃないけれど
「ちょっと、響!旅とか言ってないで、さっさと新しい店舗を見つけて再オープンしなさいよ!」
「うるせえな。俺だって旭山動物園にも行ってみたいし、美ら水族館にだって行ってみたいんだよ!」
まるで親子喧嘩のような展開が目の前で繰り広げられているのを、オロオロしながら見ているしかできないことに歯痒さを感じた時。
彼はカウンターの上に、パンプスが入った紙袋をドンと置いた。
「もう、これ持って帰れよ。毎度、ありがとうございました」
彼の嫌味なお礼を聞いた彼女は、バッグからお財布を取り出す。
そして数枚の一万円札をカウンターの上に叩き置くと、紙袋を手にして店を出て行ってしまった。
「響さん!咲子さんが帰っちゃいますよ!」
「いいんだよ。放っておけ」
「そんな...」
彼女が置いて行ったお金をデニム地のエプロンのポケットに無造作に入れると、彼は作業の続きに取り掛かる。
ふたり共、頑固なところがそっくりだと思いながら店を飛び出した私は、彼女の後を急いで追った。
「咲子さん!」
夏の強い日差しが照りつける中、駐車場へと進めていた足を止めて振り返った彼女は私の姿を見るとニコリと微笑んだ。